駒込神明町

市街電車上野—護国寺線の「神明町車庫前」下車、北へ二丁ばかり入ったところで、木郷区駒込神明町の一廓。 省線電車ならば「駒込駅」下車、駒込橋(陸橋)の袂から左に折れて約三丁。

四谷大木戸よりも一年早く、大正十年頃に生れた新花街で、「できた当時はまだ後ろは一面の田圃であった、大震災の余塵も享けてゐるには相違ないが、この短日月の間に北部山の手にしっかりと地盤を築き上げてしまった発展ぶりは、兎に角眼ざましいとせねばならぬ。

現在芸妓屋 五十四軒。 芸妓約一五〇名、幇間三名。

料理店 二十軒。

待合 約六〇軒。

主なる料亭

伊豆栄、米なか、次郎長、朝鳥。

伊豆栄は池の端の分店で特色は勿論うなぎ、次郎長はおでんを十入番としなかヽ甘く食はせる。

主なる待合

常の家、辰巳家、嬉し野等がまづ代表的な家であるが、二流の上どころでは春村なども遊び心地がいゝと評判されてゐる。

遊興制度

都新聞の五行広告欄に「芸妓御酒附金六円」などゝ広告してる待合のあったのが既に四五年以前で駒込と言へば安いところと思はれてゐるが、芸妓代は別の通り、別祝儀は入れる三円乃至五円といふところで、御酒付六円なんといふのは勿論特祝なしの廉売主義、そんなのも有るには有るらしいが、お客で行って泊りとなれば十一時すぎからでも先づ安くて十一二円はかゝる所である。

富士神社

神明町といふは富士神社があるに因って起った町名で、祭神は美人に関係の深い木花開耶媛。 六月一日が例祭でその祭日に売る麦稈細工の蛇は昔からの駒込名物、俳風柳多留に曰く、

○麦稈が、化けて蛇となる暑いこと。

○時は今富士へ蛇の出たあしたなり。