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東京花街総記
大雲京五十四花街「さすがに大東京である」と、格別感嘆したり、自慢したりするには当らないことだとおもふけれど。
武新野は月の入るべき峰もなし尾花が末にかゝる白雲
と詠まれたその「武蔵野」の凡そ半分にも當る廣い面積を取り入れて新しく建設された「大東京」三十五區の中、花街をもたない區は場末も場末もうんと場末である「葛飾」「杉並」の二區のみで、あとの三十三區は一區少きも一箇所、多きは三筒所、大なれ小なれ花街を有し、その総数五十四花街。そこに約一万一千の芸妓と五千を降らない娼妓及び二千八百の私娼がゐる。 カフェーとバーに押されて四苦八苦しつゝあると噂されながらも、まだヽ以て旺んなる哉と三嘆せざるを得ないのである。
矢張り『さすがに大東京だ』であらう。大大阪、大京都の各十花街。大名古屋市の十七連妓とくらべても、殆ど比較にならぬ多数の花街を抱擁してるのである。
試みにその十花街を區別に列挙して見やう。
旧市街十五区
- 京橋
- 新橋。新富町。霊岸島。
- 麹町
- 九段。
- 日本橋
- 日本橋。葭町。浜町。
- 赤坂
- 溜池。
- 神田
- 講武所。
- 四谷
- 荒木町。大木戸。新宿。
- 下谷
- 池の端。根岸。
- 麻布
- 麻布。
- 浅草
- 柳橋。浅草公園。新吉原。
- 牛込
- 神楽坂。
- 深川
- 深川仲町。洲崎。
- 小石川
- 白山。
- 本所
- 向島。秋葉。
- 本郷
- 湯島天神。駒込神明町。
- 芝
- 烏森。神明町。芝浦。
新市街二十区
- 品川
- 品川。大井。五反田。淀橋 十二社。
- 目黒
- 目黒。
- 中野
- 新井。
- 荏原
- 小山。
- 豊島
- 大塚。池袋。
- 大森
- 大森海岸。都新地。森ケ崎。
- 荒川
- 尾久。南千住。
- 蒲田
- 蒲田新宿。穴守。
- 王子
- 王子。赤羽。
- 世田谷
- 玉川。
- 板橋
- 板橋。
- 渋谷
- 渋谷。
- 千住
- 千住。
- 城東
- 亀戸。
- 江戸川
- 小松川。小岩。
此の表で見ると、杉並・葛飾の外「向島」と「瀧野川」の両区にも花街はないやうに見えるが向島区内には本所区の向島・秋葉の両花街が伸びて行つてる上に、有名な「王の井」が存在し、瀧野川区内にも王子花街が音無川を渡つて一部延伸して行つてるから、此二区は全然花街の埒外にありとは言へない。
右の内新吉原、洲崎、新宿、品川の四箇所が娼妓本位の謂ゆる本格的「遊郭」である外は、凡て芸妓専門の花街であると云つてよい。板橋に二三軒、千住に六七軒、むかしの名残の妓楼があるが、今日は特に遊廓として取扱ふほどのものではない。この点、芸娼妓併置制を採つてゐる京都や大阪の花街とは、大いにその趣を異にしてゐる。
尚ほ浅草、渋谷の両花街は芸妓が各両券番にわかれ、その出先である料理店、待合にいたるまで確然二流に別れてゐるから、地域は略同一でも、むしろ異つた四花街と観る方が適当でないかとも思ふ。更に向島券から第一券が分離し最近墨田券が又二つに分離し、小山花街も実は三券番に分れてゐるのだから、大東京五十四花街、数へ方に依つては「六十花街」ともなる。また日本橋区浜町とその対岸の中洲とは、柳橋、芳町両花街の入会地であつて、自由に両方から芸妓を招べるが、柳橋、芳町はそれゞ独自の根拠地をもつて居ることだから、此地はたとへ芸妓屋は一軒もなくても、さうした特殊な形式を有つた独立の一花街と見てよいであらう。また下谷区「池の端」の花街は元下谷数寄屋町と本郷同朋町と芸妓組合が全然二つに分れてゐたが、これは近年一つの組合に合併されてしまつた。
規模の大小亦固より一様でない。芸妓の頭数からいへば常に一千名内外を擁する「浅草公園」を以て第一とし、「新橋」「芳町」共に約七百名で之につゞき、次が神楽坂の六百名といふ順序。新市街の方では渋谷の三百五六十名が筆頭であらう。少い方では世田谷区の玉川」、大森区の「森ケ崎」、千住区の「千住」などで、いつも二十名内外の所を出入してゐるし、江戸川区の「小岩」はまだ芸妓、待合が許可されず遊芸師匠でやつてゐる。
花街の等級別
新・柳二橋を以て東京の代表的花街とすることは、おそらく何ん人も異論のないところであるが、花街にも等級があるか? その規模、妓品、客種、出先である料理店・待合の善悪、花街気分等の上から考慮して一流二流乃至四五流の別なしとは言へぬ。仮に有矣として考へて見やう。旧市街の花街は課税率を標準として左の如く五等八級に区別されてゐる。
- 一等地(甲)
- 新橋、柳橋、赤坂、日木橋。
- 一等地(乙)
- 芳町。烏森。(芳町は出先きが「芳町二業」「芳町料理組合」の二に別れ、後方は二等の甲に属してゐる)
- 二等地(甲)
- 新富町、神楽坂、下谷、浅草。
- 二等地(乙)
- 九段、霊岸島。
- 三等地(甲)
- 神田、四谷荒木町、白山、湯島天神、深川、芝浦。
- 三等地(乙)
- 芝神明、麻布。
- 四等地
- 四谷大木戸、駒込神明、向島旧券。
- 五等地
- 向島新券、根岸、浅草西見。
これは勿論「参考」だけのものである、課税率や玉祝儀の多寡を以て上下を定める訳にはゆかないが大体に於てさう的を外れて居るとも思へぬ、下谷は赤坂の次へ、日本橋と伍せしめて宜しかるべく、神田、天神、芝浦を九段、霊岸島の後へ据えるのは些か気の毒であらう。新市街地では渋谷、五反田、大井あたりが何と言っても白眉で、二等地の乙といふ見当であらう。
しかし、結局は各自の主観に属する問題であるから、余り詳しく而して判然云はふとすると異論百出するであらうことをおそれる。
山の手は山の手として、下町は下町として、概括的にその花街気分を異にして居る上に、同じ下町でも新橋、柳橋、日本橋、芳町、下谷、浅草、深川その他それゞ異った匂ひと彩りを帯び、山の手でも赤坂、神楽坂、富士見町、四谷荒木町、白山等亦決して同じ気分でなく、場末の新開地には新開地気分があって、それゞ多少異った情調を有ってゐる。「遊び」の面白味は自づからその間にありと言はん。