二、白山三業の催し物 第七章 余録

二、白山三業の催し物

白山三業が其所属芸妓をして初めて公開出演せしめ、世人の喝采を博したのは、去る大正十二年同月二十六日から同三十日迄、上野公園に開催された大正博覧会を以て嚆矢とする。其番組は上の卷(長唄)四季の蝶、下の卷(常盤津)初音の里春賑であったが、其の出演者は左の通りである。

上の卷(長唄)岡季蝶 下の卷(常盤津)初音春賑

立方 政田家ちやめ(東)

同 同かるた 娘姿 美登家一龍 三味線 喜楽家 八重

同 三河家 壽満子 同 中成田 富龍 同 金むさし 大助

同 新万 小万 同 真桝 蔦奴 同 梅の家 一作

同 かね蔦 万子 同 成田家 成駒 同 万蔦 蔦次

同 同 玉子 同 三河家 照子(右)

同 立花家 秀勇 同 金桐家 もとめ 唄 新万 万吉

同 中村家 おもちや 同 立花家 清香 同 万蔦 喜楽

唄 金桐家 牡丹(西) 同 かなめ家 小光

同 かなめ家 みやこ 女伊達姿 金菊家 菊壽 同 同 桃太郎

同 真桝 栄子 同 千成田 千成 三味線 春の家 〆吉

同 同しげ子 同 かね蔦 蝶花 同 三河家 太郎

同 松田家 長松 同 成田家 喜久彌 同 壽 国香

三味線 かね蔦 万壽 同 かなめや 福助 同 万蔦 敏介

同 松田家 小糸 同 真桝 のんき 後見役

同 中村家 小秀 同 喜の字家 胡蝶 成田家 利喜彌

同 美登家 一龍 同 梅本 愛子 松田家 小糸

同 新万 万吉 (左) かね蔦 蔦壽

太鼓 成田家 喜久彌 唄 新松よし 小ふみ 成田家 おはん

同 中成田 つた龍 同 金桐家 はかき

同 三河家 照子 同 立花家 鶴松

囃子 成田家 利喜彌 同 花菊家 小さん

同 千成家 千成 同 松よし松 若

同 中村家 新吉

尚長唄四季の蝶、及白山組合新曲の文句は左の通りである。

長唄四季の蝶

『春霞み棚引く峰の桜花。

今を盛りと人の山、

見渡す野辺に様々の千草に遊ぶ蝶の舞、

羽袖もかるき薄衣、

薫ゆかしき橘の香り吹来る簾の戸に待つ夜、

更け行く月の影、

変らぬ縁きくの宿そのきせ綿の積る雪花に、

胡蝶のちらヽヽ、

冬わ暫のかくれすみ、

四季折りヽの楽に、

栄果の夢をや結ぶらんヽ。』

常盤津 初音の里春賑(白山三業新曲)

『あの雲は翌日見ん花か武藏野の、草より出でし月影も、都の春の賑ひにあふて嬉しき舞の袖

『八蔦九重の宮居より、北に棚引く薄かすみ、西は相撲に甲斐が根を、一と目に望む富士の雲 旭の昇る彼方には、東ゑい山の花ぐもり、たどりヽて来りける。。

『三つ葉葵の紀念とて各も白山の殿づくり、昔なつかし小石川、その権現の御社に、今は盛りの旗桜、散らぬ間にとて杖ひかん、

『ほど遠からぬ名所を尋ねて、越ゆる富坂やまづ伝通院の境内に、縁起たうとき弁財天、大黒天もいや高き惠みを受くる人々が、打連てこそ来りける、

『多久蔵主の稲荷とて、其神夜なヽ学寮を訪ては道も論じたる鵺狐を祀れる社とや

『此方の池に棲ながら、雨を呼ぶにも啼きはせぬ、蛙は了誉上人の勧学悟堂の妨と、封じられたで唖となる、

『牛天神の御社はその元暦のその昔し、頼朝公が創建に名残は尽きぬ梅が香や、見をろす方は江戸川の桜も受る往通ひ、げに長閑なる景色かな、

『町の名とても床しさの音頭指を折り折り数へて見れば、先魁けて、指ケ谷町、軒のともし火媚くや、春の夜を待つ辻占の、ヨイヽヽヨイヤサー

『恋に絃の音柳町、浮かれて通ふ燕の口舌も、痴話も久堅町ちぎり縁や餌差町、ヨイヽヽヨイヤサー

『すはや一ト声郭公、初音の里の風流に、進む文明文物国威発揚社会進境高架鉄道、向を走る砲兵工廠煙りは高し、空飛ぶ鳥でも及ばぬ飛行機、自動車電車の四通八達、またゝく隙にも百千万里、海の外までかゞやき渡る朝日に匂ふ山桜面白や

『納まる御代も大正の三つの春とて今こゝに、設けの舞台揚幕や誘ひつれて、万歳を唄ひ舞ふこそ楽しけれ、めでたかりける次第なり。

当時白山三業は出来立てのホヤヽで、世人から、あまり其存在を認められず、見番にも金がなく、芸妓屋も亦貧乏であつたから、出演者は、手鼓手弁当、一張羅を纏つて出たと言ふ有様 であつたが、其意気込みは素晴らしいものであつた、